the industrial

都内で働くITエンジニアの日記

席を譲る勇気と譲られる勇気

少し前の話。

朝の通勤電車にて、目の前の席が空くので座ったんです。

混雑した朝の山手線で、席に座れる確率って、本当に低いと思うんですよね。

10%。

だいたいそのくらいではないですかね。

10日に1回座れるかどうかの確立だけど、もっと少ないかも。

コツもあるかもしれないけど笑


それはまあおいておいて、久しぶりに座れたものなので、少しうとうとしてたり。

東京駅に近付くにつれ、車内は次第に混雑。

その時、目の前に女性が立っていた事に気付いたんです。

そして、反対に気付かなかったのは、その女性が妊婦さんだと言う事。


鞄を横にしてもってらっしゃったので、例の「マタニティーマーク」が見えず。

なので、気付いた時には4~5駅くらいそのまま過ぎてたのですよね。

「あ、すみません、気づかなくて。どうぞお座りください。」

と譲るのは当たり前ですよね。

だってみちゃったんですもん。「マタニティーマーク」。

そしたら...


「いえ、結構ですので。」


無理にでも座ってもらうのが正解?でもそれも違うような?

こう見えて人みしりな人間なので、席を譲るのも使命感というよりは罪悪感からやることだし、なので「勇気を出して」譲ろうとしたんだけども、それを拒否られたわけだから、「じゃあ俺どうしよう?」ってなるじゃないですか?

仕方がないので、「あ、そ、そうですか...。すみません。」とか言って、目を瞑るしかなかったんですよ。


その後、しばらくそのまま何とも言えぬ重たい空気が漂い(俺だけかもしれないけど)、しばらくすると徐々に車内が空いて来て、あろうことか俺の隣の席が空いて、その妊婦さんが座ったわけです。

なんか悪いことはしていないのに(と思うんだけど)、すごく悪いことをしてしまったようで、申し訳ない気持ちがいっぱいでした。

もう、この悲しみをどうすりゃいいの?誰が僕を救ってくれるの?こいつは正に大迷惑とかなんとか、いや、すんません。迷惑をかけるつもりはなかったんですがねってやかましい。


しかし、よくよく考えてみると、幾ら妊婦さんとはいて、人に席を譲られるということにおいても同じように「勇気」がいるんじゃないかなというのが今日書きたかったお話。

たぶんその妊婦さんなりの考えやら事情やらなんやらがあって、それを軸に動いているわけ。

例えば、運動したほうが丈夫な赤ちゃんが生まれるとか、なんかそういうのあるよね。たぶん。

そこに突然、横やり(上手い書き方が無かった)入れられても、そういったものがあるから、断ったんだろうなと。

だからなんだっていう解決しない話なんですけどね。

まあ、頑張ってお仕事して忘れてしまおうとかなんとか考えていると、下車する駅につき、席を立ったその時。


「すみません、お心遣い、ありがとうございました。」とその妊婦さん。


なんだか救われた気がしました。