良いから黙って包丁を研ぎなさい
充実の代償は思いの外大きく、その大きさは今すぐ実感できるものではない
久しぶりのブログ。
ここ3ヶ月ほど何かと小忙しく、気づけば平日は一言も娘ちゃんと会話することなく終わった週もあった。
会社のイベント運営や、新卒社員のための研修とその準備、本職も程よく忙しく、根拠のない急ぎと言われた機能のために終電を気にした午前様な日が2日連続であるなど、まあ小忙しかった。
貴重な1歳という時間を生きる娘ちゃんと会話しないまま週が過ぎてしまった事と、忙しさのせいか2〜3ヶ月間ずっと口内炎ができている事を除けば、それでも仕事は楽しく、それなりに充実していた。
にもかかわらず、振り返ると”会社に対してコミットした”という物的証拠はなく、やり切った感じがしない。
何故か憤りを感じるが、しかし、何が(誰が)悪いわけでもない。
ただただ、やり方がダメなだけだったんだと思う。
現状に対する満足と不満を挙げればキリはなく、そんな事をしたところで何が変わるわけでもない。
一定にとどまる水は濁り、流れる水ばかりが澄むごとく、何も変わらない現状に期待する前に、まず、自分自身が変わるしか道は無い。
プログラマ喩え話
侍
先日、エンジニアを侍に例える話を聴いた。
曰く、プログラム言語を刀とし、剣術という名の技術を持って仕事と戦う侍なんだという。
この話に、疑問と違和感を覚えた。
実際の侍にお会いしたことはないが、侍が携えている刀は1本、あっても脇差くらいなのではないか。
本当にエンジニアはプログラム言語を一つだけ扱えれば良いのだろうか。
板前
僕はもっと上手いエンジニアを例えた話を聴いたことがある。
それは、エンジニアを板前に例える話。
板前は、包丁と技術さえあれば店を渡り歩くことが可能なのだとか。
エンジニアに置き換えると、プログラム言語を包丁(関数型言語は刺身包丁、オブジェクト指向言語は出刃包丁か?)とし、時には簀巻というトリッキーな道具を使い、いかに鮮度と味を損ねること無く綺麗に魚を捌くか。
インフラという名のまな板を使い、さばける魚の種類を増やし、包丁を研ぐ技術さえも習得する。
例えればきりがないくらい、エンジニア=板前がしっくりくる。
似たような話で、大工に例えることもできるが、こちらは悪名高きSI業界の話に寄ってくるので割愛。
良いから黙って包丁を研ぎなさい
そう考えると、自分はくだらないことに問わられ過ぎなのではと思えてくる。
別に誰に遠慮する必要はなく、くだらないことに囚われる事もなく、今以上に技術を磨くことを怠らず、自分のやりたいことをやればいい。
差し当たり、やりたいことでも整理しておこう
以下の構成で、ハンズオンを作る
- PlayFramework
- ScalikeJDBC
- Riot.js
サーバーサイドは慣れでなんとでもなるので、まずは今月中にRiot.jsをキャッチアップする。
もう少し細分化すると、今週中にはRiot.jsをトランスパイルできるようにWebpackのキャッチアップをする。
弱点の一つである精神力を鍛えるべく、2,014年映画ランキング1位に上げた、敬愛する映画、世界に一つのプレイブックのお気に入りのセリフ「肉体を鍛えて精神をコントロールする」をもって、日々のストレッチと筋トレを欠かさず(やっと腹筋割れてきた)。
そして英語。
酔っ払えばノリでできるだけの英会話に価値は無く(はないか)、しっかりと地に足がついた英語を習得しよう。
それらの時間を、娘ちゃんとの時間を超えること無く、きちんと取ろう。