イクメンになれないのなら、○○メンになればいいじゃない
最初に。
下記の中で「お父さん=働く人」「お母さん=子育てをする人」という書き方をしているが、家庭によっては逆の場合もある。その際は、適時読み替えて貰えると幸いだ。
イクメン
ふと、イクメンという言葉は誰が考えたものなのか調べたくなった。軽く調べると、どうやら博報堂さんにルーツを持つ、NPO法人「イクメンクラブ」で生まれた言葉らしい(細かくは間違っているかもしれない)。
不況、ダイバーシティ推進、足りない保育園・保育士などなど、昔とは大きく変わった社会情勢から、今や子育てはお母さん一人で行うものではなくお父さんの協力が必要不可欠であり、もっとプリミティブな考え方を持ってすれば、夫婦ふたりで力を合せて子供を育てることは自然な姿なのかもしれない。
そんな自然な姿を作り上げるため(あるいは本来なるようになるため?)、形あるものを認識しやすい人間にとって必要だったものが、イクメンという言葉なのではないか。実際、イクメンという言葉が生まれたことによって、多くのお父さんは何かしら子育てに参加しなければという意識を持つことが容易くなったかもしれない。
では、どうしたらイクメンになれるのか?こういう時は、なりたいものについてしっかりと理解することが必要だ。まず、イクメンという言葉が生まれたイクメンクラブのHPに掲載されている三か条がこちら。
「イクメン」とは「子育てする男性(メンズ)」の略語。単純に育児中の男性というよりはむしろ「育児休暇を申請する」「育児を趣味と言ってはばからない」など、積極的に子育てを楽しみ、自らも成長する男性を指す。実際には、育児に積極的に参加できていなくても、将来的にそうありたいと願う男性も含まれる。
なりたくてもなれないイクメン
しかし、実際、世の働くお父さんはイクメンになりたくてもなれない人が大多数なのではないか。なぜそう思うのかと言うと、かくいう僕がそうだからだ。
つまりこうだ。
- 朝は娘が起きる前に仕事に行くこともある
- 平日はどんなに早くても20時に家に着く
- 休日やっと育児に少し参加できるが、娘の機嫌次第で、僕が”育児”で出来ることは思ったよりも少ない(お母さんにベッタリ)
しかして、世の中はイクメンになれ、育児に参加しない男性は悪である、という風潮にまであるように思う。でもそれは仕方の無いことだし、僕も間違っては居ないと思っている。
子供が生まれ、子育てに少しでも関わってみるとわかる。子供を育てるということはそれ相応の幸せさもあるのだが、実際は本当に大変だ。
子育ての大変さを知らない人にしてみたら、「言ってもそんなでも無いよね?」と思うかもしれないが、お父さん目線の子育ての大変さについてはこちらがとても刺さると思った。
イクメンになれないのなら、○○メンになればいいじゃない
前置きがかなり長くなってしまったが、ここからが本題。先に挙げた事を整理してみると
そこで、僕自身どうしたら良いのかを考えた結果、ある一つの悟りに至った。
イクメンになれないのなら、家事メンになればいいじゃない
育児に参加するには、時間の兼ね合いなどから実際問題難しい。
であれば、苦肉の策ではあるが、他に出来る事をやって育児に参加出来なくてもサポートすることは出来る、という考え。
同期処理と非同期処理
育児はどうしても子供につきっきりになるため同期処理と言え、一方、家事は夜遅くなったとしてもある程度出来ることから、非同期処理と考えられる。
非同期処理はとても便利だ。
料理は作りおきという方法が出来る。
食器洗いは流し台に置いといてもらえれば後からでも洗える。
洗濯物は畳むだけなら何時でも出来る。最悪干しっぱなしでも後で取り込めばいい。
決してお母さんはこれらをサボりたくてサボっているわけではない。家事をやりたくてもやる時間が無いのが育児なのだ。
イクメン・家事メンにはなるなというが
こんな記事もある。
至極まっとうであり、大いに賛成する。しかし、実際そんな簡単にイクメン・家事メンという事を意識せず、育児・家事を出来るお父さんは居ない。なぜなら”男は気づかない生き物”であり、お金を稼がなければ一家全員ご飯が食べれない=生きていけないという漠然とした恐怖から、仕事で頭がいっぱいだったりする。こう見えてお父さんはお父さんなりに大変なのだ。
だから、敢えて「同期処理で進むイクメンにはなれなくても、非同期処理で行える家事メンにはなれるかも・なろう」と思えば、少しはやる気になれるのではないかと。
そういうわけで、世のお父さん諸君。
少しくらい夜寝るのが遅くなっても、ちょっとつらいだけで人間そんなに簡単に死なない。イクメンになりきれず、モヤモヤしている世のお父さん方、今日帰ったら何か出来る家事を探してみてはいかがだろうか?