ネタバレあり。
”勝手に編集騒動”があった映画。でも、”勝手に編集騒動”って結構あるんだねー。テレビだとなおさらだし、時間やいろいろな理由で仕方ない部分もある。
それはおいといて。予告観た時から観たいと思ってたのだけど、なかなか観れなかったのだけど、先日やっとU-NEXTで鑑賞。
AIが搭載された警備ロボットをめぐって、利益目的や宗教的思想で対立する映画。
内容は想像通りなのだけど、最後の展開がとても衝撃だった。
AIを搭載した警備ロボットの開発者であるディオンは、新たに開発した”感情”が搭載されているAIを試したく、会社に内緒で廃棄寸前のロボットにインストールする。
結果は大成功だったのだけど、警備ロボットのハッキングを目的としたギャング一味にロボットごと誘拐されてしまう。
起動直後は赤子同然だったAIをギャングにするべく、チャッピーという名前をつけて教育を行う。
徐々に成長していくチャッピーは、バッテリーの残量=寿命ということを解決することっと、自分の存在に対する疑問を解決するべく、頭のなかで動いている「意識」を解析しようとプログラミングを行い、遂にその「意識」を解析。
終盤。
会社内での実績を妬み、かつ宗教上の理由でAIを断固否定するムーア(ヒュー・ジャックマン)に撃たれ倒れるディオンを救うべく、チャッピーはディオンの「意識」をプログラム化。
その「意識」を余った警備ロボットに移植して、END。
って流れで、意識をプログラム化して、それを移植することで死を超越するってのが本当に衝撃。
ありそうでなかった話にも思える。
よく考えると、死を超越するということは、病気の心配も、食料の心配もなくなるし、子孫を残そうとする本能も消えてしまうんじゃないかなと。
そうなるとどうなるかというと、地球上にはロボットという箱に入った何百年も何千年も生き続ける「意思」だけになってしまい、それは人類が絶滅したも同然なんじゃないのかと。
ただ、「意識」自体は「愛」だとかそういう感情も理解するので、子供は欲しくなるのかね。
子供もプログラムとしての意識を作るって感じになるのだろうか〜。
とか、想像してると、割りと果てしない話で、劇中では悪役として描かれているムーアの気持ちもわかるんだよね。
あと、職業上、「意識」をプログラム化した場合の容量がきになる。
ディオンはプログラミング中に、「あと数テラバイトのコンパイルが必要だうひょー」とか言ってたのだけど、いやいや、人間の感情込のプログラムなんて、数ヨタバイトあっても足りないだろううとw